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東京高等裁判所 平成2年(行コ)174号 判決

東京都江東区南砂二丁目二番一五-一〇一号

控訴人

最上正太郎

東京都港区西麻布三丁目三番五号

被控訴人

麻布税務署長 都築隆也

右指定代理人

若狭勝

右同

松本智

右同

中野百々造

右同

安井和彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人がいずれも平成元年三月三日付けでした控訴人の昭和六一年分及び昭和六二年分所得税の各更正処分並びに昭和六二年分所得税の過少申告加算税賦課決定を取り消す。

3  控訴費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、原判決二枚目裏三行目に「申告」とあるのを「修正申告」と、同四枚目表一一行目に「三」とあるのを「二」とそれぞれ改め、別紙のとおり控訴人の主張を追加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

第三証拠

証拠関係は、原審記録の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所の判断は、原判決六枚目裏七行目から同八行目にかけて「有するものであって」とあるのを「有するものということができる。もっとも、右規定が設けられてから今日までの間における、社会の経済構造の変化や個人の権利意識の高揚に伴う個人事業の実態の変化、税務当局の徴税体制の充実等を考慮すれば、右規定の立法の背景とされた個人事業の実態や税務当局の徴税能力に変化が生じてきていることも否定できない。しかしながら、右の変化によって前記のような右規定の立法理由とされた租税負担回避防止の必要性がなくなり、右規定がその合理性を失うに至ったものとまでは認められない。また、控訴人は、右規定はこれを無差別、画一的に適用した場合不公平や弊害が生ずるから不条理の規定であると主張するが、右規定の立法理由と対比すると、控訴人指摘のような点も、いまだ右判断を左右するほどのものとはいえない。したがって、右所得税法五六条は」と改めるほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

二  よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川上正俊 裁判官 石井健吾 裁判官 橋本昌純)

(別紙)

本条規定の不条理について

税務当局は本条文を無差別、画一的に適用しているものと認められるが、このため国及び一般市民の社会生活に左記の如き損害を生じている。

(a) 有力な事業者はこの悪法の適用を免れるため、通常その事業主体を法人化しており、そのため町の魚屋も、肉屋も、八百屋も、畳屋も、質屋も、床屋も、税を多額に納めるべき有力な営業主体は殆ど総てが『会社』とされ、父親は『社長』になっている。

然しながらこのようなことは社会的に大きな不経済を招来するものである。

即ち、このような法人の登記のため、法務当局には莫大な業務が負荷されており、又、そのため多額の税が無益に費やされている。

又、このようにすれば、事業者の親族のみならず、『社長』自身や友人等の所有に係る不動産等に対しても合法的に高額の賃料を支払い得るようになり、税務当局のいう所得の分散は一層容易になるものである。

亦、巷間伝えられるところによれば、この様な『法人化』により納税者には更に様々な利益がもたらされるとのことである。

このように、経営の実体とかけ離れた形式的な手続きにより、本条の適用を免れ、公然と事実上の脱税をする者が多数おり、且つそのような者は本来高額の納税をなすべき者であるから、原審判決の右の認定は全くの空論という外ない。

(b) 又、賃貸借の当事者が内縁関係である間は、この所得税法五六条の適用がなく、正式に婚姻すれば適用を受けるようになる。

本条の適用を回避するため、婚姻を保留したり、子女の住民票を近隣の架空の住所に移したりする者もあるとのことである。

このような生活防衛手段を誘導するような政策は、公序良俗に反するものと言わなければならない。

又、本条の適用が『生計を一にする親族』のみにあることに就いて合理的な説明は不可能であろう。

所得の分散の存否は、賃料が適正であるかどうかのみによるものであり、賃貸借契約の当事者が『生計を一にする親族』であるか否かには無関係なことである。

(c) 控訴人の事業は『法人』とすることが許されておらず、この点からも本条の無差別な適用と不公平を招来する。

控訴人の事業が法人化できるものであれば、控訴人も多分本件出訴に及ぶことはなかったであろう。

(d) 本条を画一的、教条的に適用し、事業の実体とかけ離れた虚像に課税することによって、被控訴人が主張し、かつ亦、判決の説示するのとは別の、さまざまな税の不公平が招来されることとなる。

第一に、配偶者に事業者より多額の収入がある場合に本条を適用すれば、本件とは逆に国は多額の税収を失うことと明らかである。

第二には、当事者間に正当な賃貸料とかけ離れた対価の支払いが行われる場合にこの規定を適用すれば、国は本来得らるべき贈与税または相続税による収入を失うことになる。

被控訴人の言によれば、この規定は、単に当事者の所得税額の計算方法に関する規定であり、生計を一にする親族に対し賃借料、給料等を支払うこと自体を禁じているものでなく、又、この所得税法五六条の規定が適用される以上、生計を一にする親族に支払われた対価の額の当否は問われることはなく、かつ又、二重課税を回避するため、その親族の所得に対し再度課税がなされることはないとのことである。

より具体的に言えば、控訴人が本件事務室の賃借料として配偶者に高額の賃借料を公然と支払っても、その配偶者の所得には課税されないから、配偶者は無税で無制限に財産の贈与を受けられることになる訳であり、事実、配偶者が申告した家賃収入に対する所得税は、当事者が希望しないにも関わらず、還付された。

更に言えば、個人事業者は、その生計を一にする子女又は配偶者に不動産を取得させ、その不動産を借り上げて自己の事業に供し、当該個人事業者の所得からその適正額以上の賃料を支払うこととしたときは、その個人事業者が自ら自己の名義で不動産を取得、使用するときと同額の資金で足り、かつその金利、原価償却費その他の経費の損金算入も同額が可能である上、その過大な賃借料は実質上その子女又は配偶者に対する贈与であるにも関わらず何らの課税もされないこととなる。

従って、この規定を利用すれば、多額の資産を有する事業者は、何ら贈与税又は相続税を課税されることなく、その資産をその親族に実質的に無償かつ無税で恣意的に移転し得ることとなる。

税務の研究者によれば、これは新手の節税策となり得るとのことで、控訴人の話を聞いて早速業務に採り入れた者もある。

このようなことが広く行われることとなれば、国は多大の税収を失うに到るであろう。

従って、税務当局は一日も速くこの条文の適用を停止し、適正な対価の損金処理を認めると共に、過少または過大の対価の収受に対しては贈与税を徴収するよう政策を転換すべきである。

(e) 個人事業が家族の協力によって成り立つとしても、その事業に携わった者に対する報酬の支払い及び税の徴収は、本来家族それぞれがなした貢献度に応じて適正にかつ個別に行うべきものであり、各家族の所得の額の当否は、真実の貢献度を評価して定むべきものである。

個人事業が『家族の財産を共同で管理、使用して成り立つ』ものとしても、それぞれの財産権、基本的人権は最大限に尊重されなければならず、財産の共同管理及び使用は、正当な報酬の授受とそれに対する適正な課税を否定すべき根拠とはならない。

少なくとも、家族の正当な所得に対する税額の計算を『生計を一にするかどうか』により差別をすべき合理的な理由はない。

(f) 今日、文化的、伝統的な技能の伝承、保存や、農村、山村の荒廃防止等のため、個人事業の後継者の育成が声高に叫ばれているが、本条の無差別的、画一的適用は、そのような社会的要請に反するものである。

右の如く、本条を画一的、教条的、盲目的に適用すれば公共の利益が多く失われる。

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